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なな色の空 村上真平さん 村上日苗さん 日那ちゃん
プロフィール:福島県相馬郡飯舘村の大自然の中、村上夫妻は、自然食レストラン・民宿・自然農園を兼ねた「なな色の空」を営んでいた。真平さんはNGOを通じ世界各地で農業指導を行った後、なな色の空で「自然を収奪しない農の在り方と、第三世界の人々を搾取しない生活の在り方」を目指してエコビレッジづくりを実践。また、日苗さんは、ホテルレストランなどで磨いた腕を生かし、自然食レストランで料理を作りながら、発展途上国の産品を適正な価格で商うフェアトレードショップを行っていた。2011年3月11日の東日本大震災により、一家は、三重県伊賀市にある、真平さんの母校「愛農学園」へと避難。福島から避難してきた多くの人をサポートした。現在、伊賀市高尾在住。写真は、もうすぐお姉ちゃんになる三女の日那ちゃんと。

タイトル

村上さんご家族

 2011年3月11日の東日本大震災で、村上夫妻は6ヘクタールという広大な農場と併設するレストラン、それまでの思い出、生活のすべてを失いました。
 美しい空ときれいな空気、清らかな水に恵まれた所にあった住まいは、自分たちで設計、国産材で建築し、木のぬくもりがいっぱい感じられるものでした。

自然に恵まれた飯舘の青空の下、当時の家族写真→

 石窯も手作りで、本格的なピザは、レストランのお客さんに人気の逸品。
 こだわりのマクロビオティック料理は、素材も農場で育てた自家製でした。
 世界各地から訪れる研修生に、農業を指導し、子どもたちも豊かな自然の中でのびのびと育っていました。

なな色の空 飯舘村
 地震があった日の深夜、福島第一原発の1号機の炉心が2度目の露出をしたことを知ったとき、村上さんたちは、避難を決めました。
 いったん山形の真平さんの妹の家に避難、14日に日苗さんの実家がある浜松へ。
 その後、日苗さんの友人から、同じように避難する人の受け入れ先の問い合わせがあったため、夫妻は受け入れ先を探しました。
 受け入れを申し出てくれたのは、伊賀市にある真平さんの母校、愛農学園と愛農会。
 夫妻は乳幼児を抱えての避難生活の中、自分たちを頼って避難してくる、トータルで80名をこえる福島の人たちをサポートしました。

なな色の空 看板 伊賀

「後ろを振り向いてもしょうがありません。せっかくやってきたことが無駄になると執着することは、苦しみを増加させます。いつでも人は今を生きるしかありません。僕はあの日から前だけ向いてきました」と真平さん。
 冷静に状況を見極め、期間を区切って、目標を立ててきました。
 震災後、まず目の前の目標は、避難者の世話役を担うことでした。
 ある程度日が経過すると、福島へ戻る人も、伊賀に落ち着く人も、別の土地へ移っていく人もいました。
 そして、二番目の目標は、フランスで震災の体験を講演してほしいとの依頼でした。真平さんは、5月に渡航し、ありのままを伝えました。
「フランスは4分の3以上のエネルギーを原発に頼る原発大国。国民はそれを受け入れていると思ったら、そうでもありませんでした。何とかしたいという人々がたくさんいて、ショックと共感をもって聞いてくれました」
 静かな語り口が、真実を浮き彫りにすると、講演依頼が殺到しました。
「また新しい目標ができました。一年後(2012年)の3月11日まで、僕は自分の体験を伝えようと思いました。それが役目だと感じた」
 真平さんは、のべ100回を超える講演をこなしてきました。

伊賀市 なな色の空

 現在、夫妻は、内閣府認定NPO法人「ヒマワリの森」の管理人として、伊賀市高尾に「なな色の空」を併設しています。

←伊賀市高尾のなな色の空。こちらも豊かな自然の中にある

 日苗さんは、福島から三重に避難してきた人々のための心のよりどころに、という思いをもって、月に一回、「なな色の空 おしゃべりサロン」を開催しています。
「被災地に残る人々への支援に比べ、避難した人たちに対する支援は少ないのが現状。受け入れ先の行政に働きかけても、他人事で動いてくれないこともしばしばです。孤独で話し相手もいない人たちがたくさんいます」
 また日苗さんは、福島のことが気がかりでなりません。
「計画的避難区域の中にあって、行く場所がない人たちが、まだ取り残されています。野菜サポーター募金を創設し、野菜を送る支援をしています」
 配送ルートも未だ機能しておらず、唯一佐川急便が配達してくれるのだそう。月2回、福島県飯舘村の老人施設へ野菜を届けています。
 募金は、一口1000円、随時募集中です。
 振込先/なな色の空 02210-4-107165
 通信欄に「野菜サポーター」とご記入下さい。

フェアトレード

 真平さんは、現在の大量消費型文明に対して、警戒を呼びかけます。
「人間が生きるために何が必要か、もう一度考えてほしい。本質的には、きれいな空気と水、安全な食・住・衣です。現在の文明は、発展のために自然を壊し、この本当に必要なものの質を落とし、壊し続けています。「地球に優しく」の意味は、そうしないと人が地球で生きていけなくなる、という意味です。将来の子どもたちのことを何も考えていない。勝ち組になることが幸せであると信じ、そのような生き方を続けるならば、人間という“種”は、きっと滅びてしまうでしょう」
 真平さんに次なる目標ができました。
「飯舘村でやりかけていた“持続可能な生き方”のモデルをつくりたいと考えています」
 夫妻は、現在住んでいるところから車で30分ほどの高原に、40ヘクタールの農地を見つけました。ほとんどが耕作放棄地です。
「僕は農から離れた生活はできません。この高原で自給自足をしてゆきます。エネルギーも自給を目指します。まずは自分がしないと、人にすすめることができません。暮らしの中で、人が永続的にやっていけるんだというあり方を実践してみたい。そして、子供たちから大人まで、自然と農を学べる場を創りたい」
 それが、僕ができる未来の子供たちへの責任です、と真平さんは話す。

 日苗さんは、身重の体で、前述のサポートを続けるほか、福島でも扱っていたフェアトレードの製品を、伊賀の事務所でも展示販売しています。
 また、食の大切さを伝えるため、マクロビ料理教室を開催するなど、活躍しています。
「福島の時のように、いずれはカフェやレストランもやってみたいですね。また、福島の子どもを一時避難させるプロジェクトも、立ち上げたいと考えています」
 
「後ろを振り返れば、人生が“立ち往生”してしまう。あの震災の意味について、一人ひとりが、自分なりの意味を見出すことで、前を向くことができます」と真平さんは締めくくりました。

 募金のサポート、講演依頼等は、なな色の空までご連絡を。

なな色の空







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